デス・オーバチュア
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「ふ〜ん、へぇ〜、ほうぅ〜……」 発明と発見を司る悪魔(ベルフェゴール)は、興味深げな眼差しを向けながらサファリングの周囲を歩き回っていた。 「……何かな、悪魔のお嬢さん?」 「実に興味深い存在ね、あなたも、その玩具も……」 ベルフェゴールは少女な外見に相応しく無邪気に、そして本性である悪魔らしく妖艶に嗤う。 「…………」 サファリングは改めて『純白の悪魔(ベルフェゴール)』を注視した。 そう、この悪魔は白い。 邪悪な存在であるはずの悪魔には相応しくない、清潔な白い衣装を纏っていた。 軍服か制服のようにピッチリとしたロングコート、白手袋、白靴。 さらに、コートの上にゆるやかな法衣をガウンのように羽織り、裾から覗くロングのサーキュラースカートが足首までを覆い隠していた。 頭にのった大きな白い帽子は、中心に百合(フレア)の紋章が描かれており、輪の中に十字架を閉じ込めたようなシルバーアクセサリーが左右から垂れ下がっている。 ライトグリーンの長髪は十本近い三つ編みになっており、それぞれの先端に剣や槍や斧などの武器を象ったシルバーアクセサリーで留められていた。 白くないのは帽子の紋章を始めとする衣装の模様や刺繍と、アクセサリーぐらいである。 模様と刺繍の色は髪と同じライトグリーン、アクセサリーは殆どがシルバーだが、耳を飾るイヤリングだけはピンクパールだった。 「……何か?」 「いや、随分とゴチャゴチャとした『重装備』な恰好だと思っただけだ……」 「重装備……なかなかいいところをつくわね……確かにコレは全装備というか過剰装備状態よ」 ベルフェゴールは眼鏡の位置を指でクィッと直すと、悪戯っぽく嗤う。 「過剰ね……」 疑問が解消したわけではなかったが、サファリングはそれ以上の追求はしなかった。 「ねえ、それよりこの玩具……『分解』していい?」 サファリングの『荷物』を突っつきながら、ベルフェゴールは甘えるような、媚びるような笑顔を浮かべて強請(ねだ)る。 「う〜ん……流石にそれは困るな……」 「そう、それはとても残念……誰っ!?」 ベルフェゴールが振り向き様に左手を突き出すと、袖口から細長い何かが連続で撃ちだされた。 「嫌ねぇ〜、いきなり『釘(クギ)』なんて飛ばさないでよ〜」 釘が飛んでいった方向から、紫煙と共に一人の女が姿を現す。 「物騒な大工(カーペンター)さんね〜」 ベルフェゴールとは正反対の黒ずくめの美女だ。 胸元が全開なノースリーブのブラックドレスは、上半身の露出とは対称的にスカート部分は足にまとわりつくようなマーメイドラインスカートになっている。 両手は黒のロンググラブで覆われ、その両肩には『髑髏の下に斜め交差した骨』の刺青(タトゥー)が刻まれていた。 両耳には血のように赤いピアス、両手の中指には禍々しい髑髏指輪(スカルリング)が填められている。 さらに、首にも髑髏十字架(スカルクロス)が吊されていた。 「大工じゃなくて発明家よ……百歩譲って科学者かしらね……?」 「どれでも似たようなものじゃない、『創る者』という意味ではね〜」 黒き美女はそう言うと、銜えていたキセルを口から離し、紫煙を大きく吐き出す。 「一緒くたにはされたくないわね……じゃあ、あなたは差詰め『狩る者』、それとも『喰らう者』かしら?」 ベルフェゴールは悪戯っぽく笑いながら言った。 「あら、狩る者だなんて物騒で嫌ね……私は運ぶ者……ただの運び手に過ぎないわ……」 妖艶でどこか気怠げな微笑を浮かべて、黒き美女はそう答える。 「運び手? ああ、そういえば昔、『魂の運び手』とか呼ばれて、人間達に忌諱さていたわよね、あなた……」 「それに、喰らう者は私なんかより百億倍相応しい御方がいるじゃない〜」 「ううっ、確かに……差詰めアレは『全てを喰らい尽くす者』ってところかしら……?」 ベルフェゴールの顔から余裕が消え、冷や汗でもかきそうな表情へと変わった。 セブンチェンジャーに宿る『最強最後の大悪魔』はその存在を思い出せただけで、彼女に恐怖と緊張を強いているようである。 「あるいは『永久に満たされぬ者』かしらねぇ〜」 黒き美女は意味深な笑みを浮かべて言った。 「何にしろ、アレは……いいえ、あの姉妹はわたし達五人とは『別格』の存在よ……光の混沌(ライトカオス)と闇の法(ダークロウ)……堕……」 「ぷっははああああ〜っ!」 ベルフェゴールの言葉を遮るように、黒き美女は豪快に紫煙を吐き出す。 「むぅぅっ……」 「ああ、美味しい〜。久しぶりの御馳走……」 黒き美女がキセルを銜えると、雁首に埋め込まれた刻み煙草に青白い炎が宿った。 「珍しい姿をしていると思えば……どうしたのよ、ソレ? まさか、自分で『狩ってきた』の……?」 青白い炎……この女は人間の『命』を……『魂』を吸っているのである。 「ん〜? 御相伴に預かったのよ〜、あの御方にねぇ〜」 黒き美女はうっとりとした表情で、青白炎(人魂)の喫煙を繰り返していた。 「ちゃっかりしてるわね、あなた……」 ベルフェゴールは半ば呆れたような表情で嘆息する。 「うふふふふっ、ところでぇ〜……」 「……何?」 「あなたの『興味対象』、もう行っちゃったけどいいのかしら〜?」 「なあああぁぁっ!?」 ベルフェゴールは慌てて背後を振り返るが、時すでに遅く、サファリングの姿は完全に消え去っていた。 「…………」 無明の闇の世界に鮮血の如き赤光が走り、複雑怪奇な魔法陣が描き出される。 「……最も邪悪なる騎士……黒の大司教にして奈落の大公……すみやかに我が前へ現われよ、四枚の悪魔ダルク・ハーケン……ッ!」 詠唱に答えるように、魔法陣から黒き閃光が噴き出した。 「けっ……」 閃光と共に出現したのは、漆黒の悪魔ダルク・ハーケンである。 「…………」 「てめえか……このオレ様を喚びつけてやがったのは……」 ダルク・ハーケンは不機嫌全開といった感じだ。 「……召喚されたこと自体が気に入らない?……悪魔なのに……?」 彼を喚びだした幼い『召喚者(サモナー)』が不思議そうに尋ねる。 「けっ、その辺の生贄一つでポンと出てくる小悪魔と一緒にするな……オレは本来人間如きが気安く召喚できる悪魔(存在)じゃねぇんだよ……ああん? てめえ……何だ?」 「…………」 ダルク・ハーケンは自分の召喚者が『普通でない』ことに初めて気づいた。 今までは、いきなり喚びつけられたことの不快さで、相手をよく見ていなかったのである。 「神……神族か?……いや、オレの知っている神族とは毛並みが……系統が違う……?」 「…………」 ダルク・ハーケンはこの幼い召喚者の『正体』を見破ろうと凝視した。 波打つ銀の髪、血のように赤い瞳、小柄で華奢な体つき。 タートルネックでノースリーブな白いシャツが水着のように胸を覆い、腹部は完全に露出され、腰には床に着く程長い白のパレオが巻きついていた。 「……視姦……?」 凝視されるままだった幼い召喚者がボソリと呟く。 「だああっ!? 誰がてめえみてえなチビアマを目で犯すかっ!? この前のメストカゲ以下の発育しやがっ……てぇぇっ!?」 セリフの途中でダルク・ハーケンの足下が弾け飛んだ。 「ああ? 青い薔薇だぁ〜?」 爆発した地点を良く見ると、一輪の青い薔薇が突き立っている。 「口汚いにも程がるぞ、卑しき悪魔よ」 スポットライトのような明かりを浴びて、一人の青年が姿を浮かび上がらせた。 「我らが偉大なる母(グレートマザー)をこれ以上侮辱する気なら……その口、二度と開かなくしてくれよう!」 青年は、新しい青薔薇を左手に出現させ、優雅に振りかぶる。 「……ベリアス……下がりなさい……」 「はっ?……しかし……この悪魔が……」 「……ベリアス……」 グレートマザーと喚ばれた幼い召喚師は、先程より強い口調で青年の名を呼んだ。 「……御心のままに……」 ベリアスは深々と頭を下げ、闇の中へと引き下がっていく。 「へっ、もっと下僕は選んだ方がいいぜ」 「……じゃあ、あなたがなってくれる……?」 「はっ、笑えない冗談だ……殺すぞ、クソアマ」 ダルク・ハーケンは吐き捨てるように言うと、グレートマザーをギロリと睨みつけた。 「ええ、冗談……忠誠はいらない……ただ、願いを叶えて欲しいだけ……」 「ほう〜、悪魔に願いごとか……いいだろう、一応聞くだけ聞いてやるよ」 漆黒の悪魔は殺気を消すと、意地悪く嗤う。 「……左手を……」 「ああ? こうか?」 「そう……そのまま……」 グレートマザーは、ダルク・ハーケンに差し出させた左手を両手でつかまえると、手の甲にそっと接吻した。 「……熱ぅぅっ!? てめえ、何しやがるっ!?」 唇の触れた瞬間、灼けつくような激痛が走る。 ダルク・ハーケンは反射的にグレートマザーを振り解いた。 「……祝福を……」 グレートマザーはスーッと静かに後退していく。 「祝福だと……ちっ、悪魔のオレに何の冗談だ、コレは?」 彼女に接吻された場所である左手の甲には、赤い十字架のような紋章が浮かび上がっていた。 「……聖痕(せいこん)……の証……の鞘……」 グレートマザーの淡々とした囁きは、小声なせいか所々が聞き取りにくい。 「聖痕……スティグマだと〜? ホント最悪な冗談だぜ……」 「……強い力が……強い剣が……欲しい……」 「ああん?」 「……違う……?」 「違わねえよ……何だ? オレに願うんじゃなくて、オレの願いを叶えてくれるってか?」 ダルク・ハーケンは嘲笑うように嗤った。 「ええ、叶えましょう……」 「ああっ!?」 グレートマザーは予想外の即答をする。 「…………」 彼女が左手を一閃すると、二人の間に『祭壇に突き刺さった漆黒の剣』が出現した。 「邪王剣(じゃおうけん)……黒の聖……魔皇の剣や異竜の牙にも引けを取らない最強の剣……」 「邪王剣? こんな空っぽの剣が最強の剣〜? はっ、笑わせてくれる!」 ダルク・ハーケンは漆黒の剣を一瞥するなり、鼻で笑う。 「……そう今はまだ空っぽ……伽藍堂(がらんどう)の器……」 「ギャランドウ?」 「…………」 「ああ? なんだその蔑むような目は……?」 「別に……元からこういう目だけど……」 確かに、彼女は最初から目が薄開きというか、寝惚けた表情をしていた。 まるで今だ『半分』は眠っているかのような……夢の中にいるかのような……そんな印象を覚える幼女……。 「……一度手に……全てはそれから……」 「へっ……手にすればいんだろう手にすれば……こんなナマクラ貰っても……よおおおぉぉっ!?」 十字架のような柄を右手で掴んだ瞬間、ダルク・ハーケンの全身から青光の気流のようなモノが噴き出し、剣へと物凄い勢いで吸い込まれていった。 「ガアアアアアア! てめえ……いい度胸じゃねえかっ!」 ダルク・ハーケンは祭壇から剣を一気に引き抜くと、右手の逆手から左手の順手へ持ちかえる。 「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」 剣を天へと翳すと、ダルク・ハーケンは全身から立ち登る青い気流を『電流』へと変質させた。 青光の電流は凄まじい勢いで剣へと叩き込まれていく。 「ハアアアアッ!」 ダルク・ハーケンの掛け声に応えるように、十字柄の中心の宝珠が青く光り輝いた。 「なるほど……オレの電気(力)を……命を遠慮なく吸ってくれやがるぜ……」 全身から溢れていた電流は収まり、代わりに剣刃が淡い電光を帯びている。 「はっ、気に入った……貰ってやるよ、こいつ……で、てめえはオレに何をして欲しいんだ?」 「……殺して……」 「ああ?」 「……『上』で……この氷の大地で蠢く全ての命を……殺して……殺し尽くして……」 グレートマザーは頭上を指差して言った。 「ふん、この地の全ての命を殺せねぇ……」 「邪王剣は……強者の魂(命)を喰らう度にその強さを増す……十三の魂を食い尽くした時、宝珠は満ちて……邪王剣は『完全』に……あらゆる聖剣魔剣を凌駕する真の最強の邪聖剣(じゃせいけん)と化す……」 「最強の邪聖剣ね〜。まあ、要するに他者の命を喰わせれば、オレの命を削られなくて済むわけだ?」 「…………」 「いいぜ、こいつを貰う代価に、てめえの望み叶えてやるよ」 ダルク・ハーケンはニヤリと邪悪に満ちた笑みを浮かべる。 「念のため確認するぜ、この地……ガルディアに居る全ての者を皆殺しろ……それがてめえの願いだな?」 「……ええ……」 「そうか、よく解った……じゃあ、まずはてめえが死になぁぁっ!」 言い終わるより速く、邪王剣がグレートマザーに襲いかかった。 闇の世界に響き渡る轟音。 「……殺すのは『上』で蠢く塵共だけだ……」 グレートマザーの幼い体が真っ二つに薙ぎ払われる直前、万能のベリアスが主と邪王剣の間に割り込んでいた。 「この恐れを知らぬ狂犬が……誰に牙を剥いたか解っているのか?」 ベリアスは、二振りのレイピアを交差させて邪王剣を受け止めながら、ダルク・ハーケンに侮蔑の眼差しを浴びせる。 「悪りい悪りい、ちょっと試し斬りしたくなってよ〜」 ダルク・ハーケンは悪びれもせずそう言うと、あっさりと剣を引き戻し、ベリアス達に背中を向けた。 そして、無防備な背中をベリアス達に晒したまま、『出口』に向かって歩き出す。 「待ちたまえ! そんな謝罪があ……ううっ!?」 後を追うとしたベリアスの両手のレイピアが、前触れもなく粉々に砕け散った。 「馬鹿な……」 ベリアスは信じられぬといった表情でレイピアの消失した両手を見つめている。 「じゃあな、ちゃんとてめえの望みは叶えてやるから、安心してここで寝惚けてな」 「…………」 「だが誤解するなよ。オレはそこの勘違い野郎みたいにてめえの下僕になったわけでも、契約して使い魔に落ちぶれたわけでもねえ。オレはオレの楽しみを満たすため、目的を果たすためにコイツを振るう……ただそれだけだ」 「……ええ……それでいい……」 「へっ、あばよ」 ダルク・ハーケンは闇の彼方へと消えていった。 コクマ・ラツィエルは今だガルディア皇国に滞在していた。 彼の潜伏場所はガルディア城の『本来存在しないはずのエリア』……ラスト・ベイバロンの住処だったところである。 「…………」 コクマは一人で優雅にティータイムをとっていた。 「おや、やはり御健在でしたか……」 飲み干したカップをソーサーの上に置くと、コクマは来訪者を出迎える。 「ふん……」 来訪者はこの場所の本来の主、ラスト・ベイバロンだった。 タナトスに敗れ、ヴァル・シオンにトドメを刺されて消滅したはずの彼女だが、無傷な姿で健在である。 「あの出来損ないが……よくも我を……我を……」 ラスト・ベイバロンは、今にも溢れ出しそうな怒りを必死に内に抑え込んでいるかのようだった。 「これ程の恥辱を受けたのは初めてだ! 許さぬ! 決して許しはせぬぞっ!」 遂に噴き出した怒りのままに、ラスト・ベイバロンは左掌を突き出し壁を『喰いちぎ』る。 「荒れていますね……」 「当然だ! 『神』である我が、よりによってあのような『出来損ない』に不覚を取ったのだぞ! あの者への怒りと憎しみで気が狂いそうだ!」 ラスト・ベイバロンは左手を振り下ろし、テーブルを叩き割った。 「おやおや……近親憎悪ですかね?」 「何……」 燃え盛る太陽のような右目がギロリとコクマを睨みつける。 「どちらの意味の近親か……それとも両方か……」 コクマはラスト・ベイバロンの灼熱の眼差しを恐れるでもなく、涼しい顔で独り言のように続けた。 「私などよりも遙かに、あなたとタナトスは近しい存在であり、何よりよく似ている……なぜなら、あなたとタナトスは……」 「黙れ」 凍てつくような冷たい声と眼差し。 「失礼、喋りすぎましたか……?」 「ああ、死にたくなければ少し黙ることだな」 いつの間にか、ラスト・ベイバロンの左手(手刀)がコクマの喉元に突きつけられていた。 「以後、気を付けましょう」 口ではそう言いながら、コクマは悪びれた様子も、ラスト・ベイバロンを恐れる様子も欠片もない。 「ふん……」 納得したというより、諦め、呆れたといった感じで、ラスト・ベイバロンは左手を引っ込めた。 「ところで、今日は『生身』なのですね。初めてお見かけした時と同じ……っ!」 コクマが跳び退くと同時に、寸前まで彼が立っていた床が大蛇でも這ったかのような軌道で剔り取られる。 「少しは懲りろ……我は二度同じことは言わん」 大地を這った(剔った)大蛇の正体は、ラスト・ベイバロンの白く輝く右手(アブラクサス)だった。 「では、これ以上御機嫌を損ねる前に失礼するとしましょう。どうか御身を大切に……『一人』の身体ではないのですから……」 恭しく頭を下げると、コクマは退室する。 「くっ、賢しい土塊が……どこまで見抜いている……?」 ラスト・ベイバロンは不機嫌極まりない表情で、コクマの去った扉を見つめていた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |